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幸子さんが思い出深い料理として話してくれたのは、昭和初期のものを再現した「祝い膳」のこと。
それは、観光協会に勤めていた頃、地域の観光イベント“おシンさんの嫁入り”を立ち上げた時のことでした。
“おシンさんの嫁入り”は、昭和初期の花嫁行列を再現しようと、平成9年に観光協会主催のイベントとして企画されたものです。当時、観光協会に勤めていた幸子さんは、同僚の2人と一緒に、イベントの企画から運営までに関わりました。幸子さんは食の担当になり、当時の「祝い膳」を再現することになりました。 |
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幸子さん自身も、7歳の頃に地元の花嫁行列に参加した記憶がありました。
「村に花嫁さんが来るっていうので、“女蝶(めちょう)”っていう役目をしたの。紫色のきれいな着物を着て、花嫁さんと花婿さんに三三九度のお酒を注ぐ役なんです。その時の花嫁さんの美しさと、着物を着れてとてもうれしかったことは今でも覚えています。それに、そのとき食べた祝い膳の中の寒天寄せが、緑色のゼリーみたいで、甘くってすごくおいしかったことも・・・」 |
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再現するのはその時見た祝い膳です。
しかし、覚えていたのは“緑色のゼリー”のことだけでした。
昭和初期の祝い膳を再現するために、幸子さんは、町史などの文献を調べてみました。でも、「実際に体験していたおシンばあちゃんに聞くのが一番いい!」と、おシンばあちゃんの家を訪ねることにしたそうです。
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「資料の中に、“さしみ”をお膳にとあって、こんな山の中で刺身っていうから何だろうと思ってたの。実際におシンさんに聞いてみたら、それが酢ダコだったの。皿の上に大根なますを敷いて、その上に酢ダコを盛るんだって、おシンさんが教えてくれました。昔の人は工夫したんだね。
それに、ざく煮のように、自分が知っていると思っていた料理でも、おシンさんの頃では具も味付けもぜんぜん今と違っていたの。昔は棒タラっていう干したタラでダシをとっていたって。具の切り方や大きさもわからないことばかりでした。」 |
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新しいイベントを一から作るのは、大変なことばかり。細かいところでもたくさんつまづいたと幸子さんは振り返ります。
そんな時、一緒にがんばっていた同僚が言ってくれた言葉が、幸子さんの気持ちをすっと楽にしたそうです。
「アドバイスはできるから、自分の思うようにやってみっせ。」
幸子さんはその言葉を励みに、頑張ることができたといいます。 |
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“おシンさんの嫁入り”は、たくさんの観光客や地元の人で賑わい、大成功をおさめました。
「花嫁行列を見に来たおばあちゃんたちが、昔自分が嫁入りした頃の姿を思い出してね、涙を流していたの。それを見たとき本当にうれしかった」と、幸子さんは振り返ります。
再現された祝い膳はもちろん大好評。おシンさん本人も、「そうだそうだ、こんなだったよー」とうれしそうに見ていたそうです。 |
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幸子さんは3年前に最愛のご主人をなくされましたが、近所の友人たちや家族の支えもあり、今は毎日元気に、家の雪かきに奮闘しています。
「せっかく前の日にきれいに雪を片づけても、一晩でまたでっこり積もって、また元の木阿弥。毎日雪かたしで大変なんです。でもね、おシンさんの嫁入りの時は、もっと忙しくて身体がバラバラになりそうだったから。あれを乗り切ったんだから、と思うと今もがんばれる気がします。更年期で体も痛かったりするんだけど、結構いそがしく楽しんでるんです。月末には仲間と近くの温泉に湯入りに行くし、春には初めての海外旅行でカナダに行くんです。それにインターネットも、もっとやってみようかと思って。ヤムヤムで私の正月料理をみなさんに見てもらえて、インターネットって楽しいなぁと思ったんです。今度はカナダに行った感想なんかも書いてみたいです。」
幸子さんのこれからに乾杯!!
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