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エリザベス女王の読む新聞はタイムズ紙でしたが、ホームステイ先に配達される新聞は大衆紙サンでした。タイムズ紙は日本の朝日新聞と同じ大きさですが、サンはその半分の大きさのタブロイド版です。
毎朝、新聞ラックには、サンが立てかけられていました。私がいた夏の間、ほとんど毎日のように、ダイアナ妃の水着姿や、ボートに乗っているカラー写真がサンの1面を飾っていました。
前回「10、楽しかった授業その2」書いたように、エリザベス女王は、人々の尊敬を集め、また皇后メアリーについても、ホストマザーのパンさんは、「今日はメアリーの誕生日なのよ、90歳なのよ」と、身内のことのように私に話してくれるなど、親しみをこめて語られていました。それに比べて、サンでは、ダイアナ妃は、まるで、3流週刊誌のゴシップ記事のような取り上げ方をされていたのです。
ダイアナ妃は、ご承知のように、エリザベス女王の皇太子チャールズと1981年に結婚しましが、1992年から別居し、1996年には離婚していました。私がイギリスを訪れたのは、チャールズとダイアナとが離婚した1年後だったのです。そして、私が日本に帰った直後の8月31日、ダイアナ妃は、パリで自動車事故にあい、36歳の生涯を閉じました。
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ダイアナ妃の悲報は、日本でもすぐにテレビ等で報じられました。テレビ画面に、バッキンガム宮殿の前に手向けられたたくさんの花束が映し出されるたびに、私は、驚きと悲しみの中で、いいようのないむなしさを感じていました。
イギリスの人たちにとってダイアナ妃とはいったいなんだったのだろうかと・・・。
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