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「パンさんの家のダイニングやリビングには、写真が飾られていました。
私が興味をもったのは、それらの写真が、私の知っている日本の家族写真とは雰囲気が違っているところでした。
ダイニングの壁には、デリックがパンさんを抱き上げている若かったときの夫婦の写真、若いパンさんの上半身の写真、若いデリックの上半身の写真、赤ちゃんの頃の息子さん全身写真、子供の頃の娘さんの全身写真、そして、角帽をかぶった娘さんのご主人の全身写真などが、それぞれ額に入って並んでいました。
リビングの壁には、パンさんのお母さんが若かった頃の全身写真と、中年頃のお父さんの全身写真とが、額に入って掛けられていました。パンさんのお母さんはすでに亡くなっています。お父さんは、先日野菜を持って訪ねてきていました。
私が不思議に思ったのは、1人の写真が多いことと、生きている人も亡くなっている人も同じように飾られていたことでした。
日本では、家族写真はみんなで並んで写す場合が多く、家族の関係まで見せてくれます。また、亡くなった人の写真は、仏間などに飾られ、家を守ってくれる先祖様のように扱われています。
ここまで考えてきて、”そうなのかもしれない!!”と思い浮かんだのは、ヨーロッパの伝統的な肖像画の構図でした。
パンさんの家に飾られていた”ひとりひとりの写真”は、母親、父親、子供、祖父母などという、家族の位置づけではなく、その人が一番輝いているときの肖像画なのかもしれない・・・と気づいたのでした。
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ちなみに、私の部屋には「小公子、セドリック」を思わせる6歳くらいの男の子の写真が掛けられてありました。「知り合いの子供さんですか?」と尋ねると、
「そうではないけれど、気に入ったので掛けてあるの」とパンさんは答えました。
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