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ナショナルギャラリーも、無料で公開されています。
ここには、モネ、セザンヌ、ゴッホなどなど、
小・中学校時代の美術の時間に「これは有名な画家が書いた、素晴らしい絵です」
と教えられてきた絵が、所狭しと並んでいました。
‘有名な絵!、素晴らしい絵!’
‘名画を鑑賞するときは静かに礼儀正しく・・・’
そんな天の声に従って、私は、ナショナルギャラリーの中を歩きはじめました。
ところが、周りの雰囲気はちょっと違っていました。
それぞれの絵の前に何人か集まっては、ざわざわしているのです。
警備の人は、注意をするでもなく歩き回っています。
そういえば、ルットランドスクールの授業では、絵画のコピーを示して、’好き’か'嫌い’かを尋ねられたことが何度かありました。
‘好き’と答えると何故すきなのかその理由を、'嫌い'と答えても、なぜ嫌いかその理由を聞かれます。
また、イギリスの学校で美術を教えている人とお喋りをしたときのこと。
「あなたは誰の絵が好き?」と聞かれ、「シャガールが好きです」と答えた私に、
‘ordinary(一般的)’という言葉が返ってきました。
イギリスでは、絵画の鑑賞に限らず、会話の中で「あなたはどう考えるの?」と聞かれることが多かったように思います。
日本と何が違うのだろう・・・。
そのヒントを、Makさんのブログの中に見つけました。
→ http://blog.so-net.ne.jp/yum_repo/2006-09-19
ここでは、"Close-ended"と"Open-ended"について、幼児教育の視点から報告しています。
*<記憶力や特定のスキルを駆使して,ひとつの決まった答えやゴールへ向かうのが"Close-ended"。思考力や創造力を駆使して,可能性を探り,自分だけの答えやゴールを見つけるのが"Open-ended">
そして、Makさんは「どちらがよいかというよりは,子どもの発達にはどちらも必要で,両者のバランスをどのように取ることができるかという問題になるようです」と捉えています。
社会の価値観を教えるために“Closed-ended”を優先する日本の教育。
社会の中の個人として発言するために“Open-ended”が尊重される欧米の教育。
ナショナルギャラリーも英国博物館も、そして、ピカデリーサーカスも英国の人たちにとって“Open-ended”実践の場としての役割を担い続けてきたのではなかったしょうか。
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