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演劇を愛するイギリスの人たちとの
出会いを描いたショートストーリー


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"LION KING"を観た帰りのバスで
"SWAN LAKE"の天井桟敷から
頬杖をついたシェークスピア


  1 "LION KING"を観た帰りのバスで  2006年9月1日 (金)
 
 

ロンドンで、有名なミュージカル“LION KING”のマチネ(昼公演)を観た帰りのことでした。バスの二階席に座っていた私に、隣に座ったビジネスマンが話しかけてきました。

「君に“LION KING”について4つの質問をしていいかね?」
えっ、と顔を上げると、スーツ姿のおじさんは質問をはじめました。


「一つ、ストーリーは子供向けかい?それとも大人向けかい?
二つ、演じている役者の演技は上手だった?
三つ、音楽はどうだった?
四つ、舞台美術はどうだった?」


私はそのとき、“LION KING”のパンフレットを手に持っていました。
それはどこからどう見ても、“LION KINGを観た帰りの人”。
だとしても、どう見てもイギリス人ではない。英語もわからなそうな私なのに。そんな質問をしてくるなんて〜ああどうしよう〜。
もしもおじさんが、「そのミュージカルはおもしろかったかい?」と聞いたのなら、
すんなりと「おもしろかったです」と答えられただろうけれど、
あまりにも専門的な感じの質問。とまどってしまいました。

私はつたない英語で、それでもなんとか答えてみました。
「ストーリーは…子供だけでなく大人も十分楽しめる内容でした。演技は…とても上手でした。 音楽は…歌もダンスもファンタスティックでした。
舞台美術は…えっと、すごくカラフルでビューティフルでした。おすすめします。」

おじさんは真剣な表情でうなずきながら、私の感想を聞いてくれました。
おじさんからみれば、私はどうみても外国人の若い娘っこ。
それでも、そういうことを気にせずに私にミュージカルの感想を求めてくれて、
そしてその答えを真剣に聞いてくれました。それがなんだかとてもうれしかったのです。


そして私は、「おじさんのおすすめのミュージカルはなんですか?」と尋ねました。
おじさんは、 「そうだねぇ…。“The Woman In White”は役者の演技と歌はいまいちなんけどね、舞台美術、これはすばらしい!何といったらいいんだろうなぁ…普通とは違うんだよ。テレビ、そうテレビみたいな感じなんだ。それに、“Les Miserable”もいいね。歌も演技もストーリーもいいね。でもすすめるとしたら…、君は“クイーン”は好きかい?やっぱり“We Will Rock You”、私はこれがおすすめだね。会場がすごく盛り上がってライブみたいなんだ。 “The Phantom Of The Opera”は観たのかい?これから観るつもりなら、内容は言わないでおくよ。」
そのビジネスマンはうれしそうに話して、バスを降りていきました。



      ロンドン市内を走る真っ赤な二階建てバス

 

 




人気のミュージカル"THE LION KING"を
上演しているLyceum Theatre

 


 


ロンドン市内劇場情報が満載 “The Official London
Theatre Guide”。 ロンドンの街角に無料で置かれています

私はこのとき、このおじさんが特別ミュージカル好きな人なのだと思ったのですが、その後もイギリスでは、ミュージカルや演劇の話になると身を乗り出して話をする人たちにたくさん出会いました。 ホストファミリーや友達はもちろん、ホテルマンやアパートの管理人さんなど…。 どんなところが素晴らしかったか、「ここが良かった」「ここがイマイチ」など、みんなハッキリした意見を持っていました。
イギリスの人たちにとって、劇場でミュージカルや演劇を観ることは、とても身近なことなんだと思います。


“The Official London Theatre Guide”(オフィシャル ロンドン シアターガイド)には、ロンドン市内だけで57か所もの劇場が載っています。数の多さもびっくりなのですが、なんと、どの劇場でも月曜から土曜まで毎日公演が行われているとか。“The Phantom Of The Opera”“Les Miserable”“The Lion King”など人気のある演目は同じ劇場でロングランで上演されています。
最も長く上演しているのは、アガサクリスティ原作の推理ミステリー“The Mousetrap”。St. Martin's Theatreで上演され続けて、なんと今年で54年目!その秘密は、ストーリーの最後に明らかになる犯人の名前…、それを知った人たちも、これから観る人たちのためにその名前を絶対外ではしゃべらないのだそう。その感じ、イギリスの人たちの劇場を大事にする気持ちが表れていますよね〜。

日本ではミュージカルなんて全く見たことのなかった私が、なぜかイギリスでは劇場めぐりにハマった理由はその辺にあります。
ショウそれ自体の魅力だけではなく、ミュージカルを観ている人たち、舞台を楽しんでいる人たちとその場を共有したかったんだと思います。

ロンドンのバスでのおじさんとの出会い。
国籍や年齢といった互いの立場やバックヤードに関係なく、ただ同じ立場から自分の意見をいいあえたこと。
それがとても心地よかったこと。

ほんのちょっとの時間の、おじさんとの短い会話は、今でも忘れられません。



  2 "SWAN LAKE"の天井桟敷から  2006年9月11日(月)
 
  チャイコフスキー三大バレエの一つ、“Swan Lake”(白鳥の湖)。
この有名なバレエを、ロンドンのコヴェントガーデンにある“ロイヤルオペラハウス”で観ました。

“ロイヤルオペラハウス”でのバレエ公演なんて、チケットも高くて手に入らないだろうな〜と思っていました。バレエ観劇といえば、ドレスを着飾った社交界の人々が集まる場所っていうイメージ。こんなジーンズにTシャツのようないでたちでは入れない雰囲気だろう…と思っていたんです。
“Swan Lake”のポスターを見ると、チケットの値段はなんと82ポンド!1万6400円!やっぱり高い〜。ところが値段の幅にびっくり。82ポンド、75ポンド、70ポンド…、そして30ポンド、15ポンド…と下がっていって、一番安いのは5ポンドとあるじゃないですか!バレエが1000円で観られるの !?

もちろん本場のバレエを生で観てみたいというのもあったけど、それ以上に5ポンドの席ってどんなんだろう…?という興味もあってさっそく行ってみることにしました。

伝統ある劇場だけど建物は近代的。ガラス張りのロビーにチケット売り場がありました。案内のおじさんに、“cheapest tickets, please?”(一番安いチケットをください)と言ってみました。
すると、「今日は8ポンドの席があります。ステージは半分しか見えませんけどよろしいですか?」と案内のおじさん。
ステージが半分しか見えないってどういうこと??
説明を聞いてもどんな席なのか、想像できない。でも、OK,OKといって、チケットを購入。席の名前は“UPPER SLIPS”と記されていました。

 

 

 

 

 



ドキドキしながら中に入ってエスカレーターを上がると、ガラス張りの吹き抜けの広いバーのような場所に出ました。すでに他のお客さんたちがたくさん集まっていて、立ち話をしたり、ワインを飲んだりしています。開演前の時間を、食事をしたりお酒を飲んだりしてゆっくり過ごしているようです。
男性はスーツの人が多く、女性は普段着よりちょっと飾った感じ。たまにドレス姿の人もいましたが、Tシャツの人もいます。みんなの表情を見ると、今日のこのひとときを楽しんでいる感じで、気取った風はありません。
ロンドンのどこかの美術館で見た、ドガの絵にこんな風景があったことを思い出しました。

 

   

そこからまたエスカレーターを上って、階段を上って…、私たちの席への入口へ。ドアを開けると、大きな劇場を上から見下ろす、特等席!5層になった客席の一番上の階です。ホールの高い天井は頭のすぐ上。ステージは、ほとんど真上から見下ろすような感じで、ステージのカーテンよりも高い場所。そのカーテンと下の階の客席とで、ステージの半分が隠れてしまうのです。オーケストラピットは真上からよく見えます。
まさにこれが“天井桟敷”なんだ〜と感動しているうちに、徐々に客席に人が入ってきました。スーツやドレスの人、白髪の老夫婦や家族連れ、仕事帰りのビジネスマン、学生のグループなど、幅広い年齢層の人たちがいるようでした。

客席が一杯になり、オケピの人たちも揃ってきました。
いよいよ始まるのかな〜と楽しみにしていると、音楽に合わせて美しいレースの幕がゆったりと上がり踊り子たちが登場しました。
私たちの席から見えるのはステージの左斜め半分。踊り子が踊りながら奥の方へ行ってしまうと、見えなくなってしまいます。
それでもなんとなく、まわりの気配で、「ジャンプしたらしい」とか「今、袖から王子様がでてきた気がする」というのがわかるし、魅せる場面ではステージの中央で踊ることが多く、美しいオデットに魅了されました。音楽と伸びやかな踊りによって白鳥が戯れ合う情景が浮かんできて、バレエってすばらしいものなんだな〜と感激しました。はじめてのバレエ体験。こんないい経験ができたのも、劇場が8ポンドという席を用意してくれていたからです。

チケットの値段に幅があることで、いろいろな人たちが同じ舞台を見ることができる。一律に高いお金を出さなくても、一流の舞台を観ることができる。みんなが同じ舞台を楽しみ、同じものについて話すことができる。劇場を愛するイギリスの人たちが作り上げたその雰囲気の良さに、私たちは惹かれたのだと思います。


ロイヤルオペラハウスのSeating Planの表です。ホームページでは、それぞれの席からのステージの眺めが画像で用意されていて、実際に確かめることができます。
http://info.royaloperahouse.org/seatingplan/Index.cfm
 




トビラの写真はロイヤルオペラハウス、5階の席から見おろした客席です。1階は"Stall Circle"、2階は"Grand Tier"、3階は"Balcony"、4階は"Amphiteatre"、5階は"Auditorium"と呼ばれています。




  3 頬杖をついたシェークスピア  2006年9月25日(月)
 
 

その日はロンドン市民の台所“Borough Market”に寄って、ぶらぶらと帰るところでした。夕食の材料にと買ったマグロの切り身とホタテを袋に提げながら、テムズ川沿いに帰り道を探していると、地図の中に「シェークスピア・グローブ・シアター」という文字を見つけました。
説明によると… この劇場はシェークスピアの時代、400年ぐらい前にあった劇場を再現して、シェークスピアの劇を上演しているもの、 だそうです。イギリスといえばシェークスピアは有名だけど、文学劇はちょっと難しそうだなぁ…と思いましたが、その横には、ステージに頬杖をついて観ている人たちの写真がありました。しかも立ち見している。
その写真に興味を持った私たちは、ちょっとのぞいていくことにしました。

劇場入口を見つけたのは、ちょうど午後の公演が始まる10分前。急いで窓口の人に聞いてみると、「Gallery席は25ポンドから、前列だと29ポンド。そしてStandingの席は5ポンドです」
もしかして !? そのStandingの席というのは、頬杖の席?でもステージに一番近い席なんて5ポンドじゃ買えないはず…と、よくわからないまま、5ポンドのチケットを購入しました。


ロンドン市民の台所 Borough Market(バラ・マーケット)

 
石造りのように見えるステージもすべて木造
劇場の中に入ると…、天井にぽっかり空が浮かんでる!そう、屋根のない、オープンエアー劇場だったんです。
舞台の周りを囲むように作られた客席は、三階建てで茅葺きの屋根。
客席の造りもステージの造りも、当時のまま復元しているのだそうで、すべて木造。細かい細工のされた柱には、大理石のような模様が描かれています。そして舞台の上にはバルコニーがあり、劇中音楽を演奏する楽団が並んでいます。

さて、私たちの席は…と見渡すと、イスがあるのは、まわりの3階建ての部分だけ。中央には広場のようなスペースがあって、イスも何もありません。そして、すでにたくさんの人たちが立ってステージの方を見ています。ステージの前にも人はぎっしり。みんな好きな場所で観ていいのです。私たちは舞台の右手、ステージに触れる一番前に陣取りました。
広場には屋根がないので、太陽の光がさんさんと降り注ぎます。市場で買ったマグロの切り身がちょっと心配でしたが、一番舞台を近くで見ることができる特等席に、そんなことも忘れてしまいました。

劇場平面図(Grove Theatre パンフレットより)

ステージに頬杖をついて、自分のすぐ近くまで出てくる役者たちを見上げる観客達。
普通であれば、近づいたり手を出したりしてはいけないとされるステージ。そのステージのすぐ近くまで観客たちは群がって、飲み物を置いたり服を掛けたりもしています。
舞台が始まると、私たちが頬杖をついている目の前を役者さんたちの足が通り過ぎます。
中世のいでたちや細やかに装飾された衣装も魅力ですが、なんといっても登場する役者さんたちとの距離がとても近い!舞台に立ちながらも、私たち観客にほほえみかけたり、小声で話しかけたりしてくれるんです。これは楽しい!しかも一番舞台に近い席が、一番安い席だなんて。

その日の演目は「The Winter tale」という劇。昔風の言葉遣いだったりして話の筋はよくわからなかったけど、その内容は思っていたような固いものではありませんでした。踊ったりおちゃらけたり、観客の人たちも役者の演技を観て笑い声を立て観ていました。そういう観客の顔を見ていると、シェークスピアの劇というのは決して難しい文学作品ではなく、大衆のものだったんだなぁと感じました。きっと昔から、こうやって舞台にたくさんの民衆が詰め寄せて観ていたのでしょう。400年前の劇場でも、こうした人々の姿があったのでしょう。
この劇場は、建築だけを再現したのではなく、市民が培ってきたイギリスの劇場風景そのものを再現していたのでした。
イギリスで演劇が日常に溶け込んでいる理由が、その様子をみてなんとなくわかりました。

そしてこの日は何より、昨年ロンドンで起きた“爆破テロ”の翌々日のことでした。
それなのに、市場もにぎわっていたし、劇場もにぎわっている。
演じている役者さんたちも、お客さんも、みんな楽しんでいる姿をみて、ロンドン市民のたくましさを感じたのでした。



  観客の人たちは舞台に頬杖をついて観ています







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