パスー村と観光
2009年3月3日
パスーリホームハウスに、「Tips Problem Solving」 が貼ってありました(写真①)。
パスー村では、2001年から夏季を中心にトレッキング目的で訪れる外国人に、村の窓口を一本化して対応する「バツーラ氷河・放牧地ツアーのシステム」を運営しています[落合・水嶋,2004:323]。 パスー村の男性の多くがこのシステムのポーターに登録しているということです。
パスー村北入口のカラコルムハイウェー沿いの広場が、観光客を迎える場所になっていて、いつも村の男性たちが集まっていました(写真②、③)。この場所で、観光客に車を提供したり、運転手や通訳を紹介するようです。通訳は、DJスクールで英語を学んだ若い人たちで、英語の他に日本語・フランス語・ドイツ語などを話す人たちがいます。通訳の人はジーンズ姿が多く、ドライバーはシャルワーズカミーズ姿の人が多かったように思います。この北入口には、PASUU INNがあります(写真④)。パスー村には、車が10台ほどあると聞きましたが、車の価格は約80万ルピー(200万円以上)もするそうです。
パスー村は、カラコルムハイウェーが外国人にも開放されて以来、パスー、バツーラの両氷河に近く、シムシャール渓谷へ向かうルートの分岐点・ 各観光資源へのアクセスが容易であることから、山歩きを目的として、多くの観光客が訪れるようになりました。しかし、2001年9月の米国の同時多発テロと、それに続くアフガニスタン戦争の影響により、観光客数は急激に減少し、2002年には、前年比3分の1ないしは1割以下になり、また、2003年もイラク戦争や国境を接する中国でのSARSの影響で回復の兆しが見えず[落合、水嶋,2004:323]、さらに、その後のパキスタンの政情不安は、観光客を激減させているようです。
写真⑤のPASUU INNの前にある観光客のために夜開いていたという店も、私たちが訪れた2006年も2007年も、開いている気配がありませんでした。
(参照:パキスタン北部地域ゴジャール地区の地域開発による生活の変化 落合康浩・水嶋一雄 地学雑誌Vol.113,No2(993),2004別刷)
(写真・yosico,山本質素/文・中島とみ子)












