グルミットには診療所と母子保健センターがあり、医療に関してもフンザ地域の中心的機能をになっています。パスー村の介護「Dr.アルビー」のところでお話ししましたが、カラコルムハイウェーが通る以前、「パスー村で病人が出たとき、村の人たち10人位が、交代でその病人を背負って医者のいる村まで1晩かかって運んだ」のは、グルミットの診療所でした。そして、それまで、村のトラディショナルバースアテンダント「Traditional birth attendants (TBAs)」による自宅での出産が一般的でしたが、1992年に母子保健センターができてから、フンザ地区の女性たちの多くがここで出産しているようです。
母子保健センターの門を入ると花に囲まれた建物がありました(写真①)。奥へ進むと休息できるような緑の庭が広がっていました(写真②)。
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診察室では、若い女性が迎えてくれました。彼女が母子保健センターの医師です(写真③)。机の上には血圧計が置かれ、部屋のボードには、フンザ地区の健康に関する情報がグラフになっていました。
センターで対応できない場合のことを尋ねると、「ここで治療できないものは、そばの診療所で行います」と、窓の外に見える診療所を指差しました。診療所は、九州大学医学部熱帯医学研究会の2000年度パキスタン班の報告によると、1964年からあったということですが、生活習慣上、男性のドクターは分娩に関わることは難しいため、多くの女性が自宅分娩をしていたようです。
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診察室の一隅に、ドアで仕切られた医薬室がありました(写真④、⑤)。
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分娩室にも連れて行ってくれました。分娩室は、中央に数段高くなったベットが設置されていて、そのほかに2台のベット、そして、分娩時に使用する器具が置かれていました。
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分娩室の向かい側に廊下をはさんで、出産後の母と子が暮らす部屋がありました。キッチンもついていて、出産後1月位この部屋で過ごしてから、その後自分の家に帰る人が多いようです。
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センターの中は、パンフレットなどがきれいに並べられたり貼られたりしていました。
村の人たちに健康などについて説明するナースの姿を描いたものや、バランスの良い食事について、また毎日の生活に関する注意などに関するきれいな絵など(写真⑨)、また、優しい表情で子供を抱いているお母さんの絵などがありました(写真⑩)。
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「子供は何人くらいほしいですか?」と彼女に聞くと、「3人」という答えでした。「あなたには何人の兄弟(姉妹)がいますか?」と続けて質問してみると、「7人」でした。日本でも、12人産むと表彰されたという時代もありましたが、現在では、子どもは1人か2人くらいになっています。パキスタンでも、これから少子化が進むのでしょう。
(写真・yosico/文・中島とみ子)