砂遊びと子どもたち

2009年4月29日

【English version→】

フセイニ村のはずれに対岸のザラバードへ渡る吊り橋があります。その吊り橋へ向かう途中、水路の傍らで子どもたちに出あいました。写真①の左隅には水道の蛇口も見えますが、この水路を流れる水も、グルキン氷河から引いている生活用水です。

写真②の子どもたちは、水路の水で白い砂を固めて砂山を作り、そこに棒を立てて遊んでいました。年長の少女が、真ん中に立てた棒の先を回していました。わたしたちをみつけると手を止めてしまいましたが、日本の棒倒し(山くずし)の遊びのようでした。

少し行ったところの家の庭には、毛皮が干してありました。解体したばかりのようで、4本の足が転がっていました。その先には、リーズの一部にチベット風の彫刻がほどこされたドアがはめ込まれていました。吊り橋は、ここから数分ほどの距離にありました。

吊り橋を渡りましたがザラバードまでは行かずに、そのまま、また吊り橋を渡ってフセイニ村に戻ってきました。帰り道では、先ほどの子どもたちが塀の上から笑顔を見せてくれました。

この地域の子どもたちは、何歳になった時にあの吊り橋を渡るのだろうかと、ふと思いました。

(写真・文 山本質素)

Posted in: あっちこっちパキスタン, フセイニ — tomika @ 8:20:16

晴れの日の料理

2009年4月27日

フセイニ村で’晴れの日’につくられる食事は、’マリダ’と呼ばれています。写真①は、2006年に、フセイニでDJスクールの先生をしているフラシャットさんの家でご馳走になったマリダで、チャパティとチーズで作られていました。

フラシャットさんの家は、KKHのすぐ下にありました。ジャガイモや葉物野菜、そして大きなカボチャが栽培されている畑では、お母さんが働いていました。(写真②)

梯子の架かった屋根の上には、たくさんのカボチャが干してありました。(写真③④)家に続く道の傍らには、割られたカボチャが散らばっていました(写真⑤)。カボチャの表皮は、緑色に黒の縞模様があり、一見スイカのようでした。

写真②の右から2番目、ブルーのジャンバーを着ている人がフラシャットさんです。一緒に招待されたパスーのガイドの人たちの表情にも、晴れの日の食事に対する気持ちがあらわれているようでした。先生の奥さんが刺繍したテーブルクロスが、晴れの日の食事を引き立たせていました。

ちなみに、2007年は、先生のお宅でチャパティの作り方を教えてもらいました。

(写真・文 山本質素、中島とみ子)

Posted in: あっちこっちパキスタン, フセイニ — tomika @ 9:00:10

かごめかごめ

2009年4月25日

【English version→】

カラコルムハイウェーから500メートルほど下ったところに、フセイニ村の学校がありました。このフセイニ村の学校は、最近新しく建設したものです(写真②)。

広い校庭があり、そこでは、生徒たちが思い思いに遊んでいました(写真③)。山の斜面に段々畑をつくって作物を栽培しているフセイニ村で、これだけの広い校庭を確保することは大変だったにちがいありません。

私たちの姿を見た一部の子どもたちが、手をつないで輪を作り始めました。
輪はどんどん大きくなり、しばらくすると真ん中に子どもが入りました。日本の「かごめかごめ」を始めたのです(写真⑤)。一緒に行ったyosicoさんも加わりました。写真⑥の、中に座っているのがyosicoさんです。

フンザの人びとは、日本人に対してとても友好的です。それは、これまでフンザを訪れた日本人が、友好的な関係を築いてきたからなのでしょう。組織としてまた個人として多くの日本人の人たちが支援活動にかかわっていました。

私たちに向けられるたくさんの笑顔は、私たちに生きることの意味を問い直させてくれます。

(写真・山本質素/文・中島とみ子)

Posted in: あっちこっちパキスタン, フセイニ — tomika @ 9:00:51
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