発電所の村

2009年5月20日

パスーからスストへ向かう途中に、電線がたくさん通っている村があります(写真①)。村の名前はハイバル(Khaibar)。この村には二基の水力発電所があり、パスーなど近隣の地域へ送電しています。小規模なために安定的に供給できず、パスーでは、毎日のように停電になっていました。

道路沿いや家のそば、そして畑の上にもたくさんの電線が走っていました。

ハイバルの発電所は、1号機が1987年に、2号機が1998年に運転を開始したそうですが、「いずれも500kw程度の能力しかなく、動力となる水の供給も天候による影響を受けて不安定」[落合・水嶋,2004:329]なものであるということです。水力発電所を確認できていませんが、村の高いところにある建物がその施設の一部かもしれません(写真⑥)。

村の中に、太陽光パネルが取り付けられている建物がありました(写真⑦)。中国から運ばれてくるのでしょうか。

スストからの帰り道、再び通ったハイバル村では、赤いバケツを持った少女が、家畜の糞を拾い集めていました(写真⑧⑨)。家畜の糞は、乾燥させて燃料として使います。

水力発電により、近隣の村へ電力を送電しているハイバル村で見た光景は、
「生活に必要なエネルギー源を、何に求めるのか?」
そんな環境と経済との関係について考えるための、1つの示唆を与えてくれているように思いました。 

参照:「パキスタン北部地域ゴジャール地区の地域開発による生活の変化」 落合康浩・水嶋一雄 『地学雑誌』)
(写真/文 山本質素・中島とみ子)

Posted in: あっちこっちパキスタン, ハイバル — tomika @ 9:30:54

新しいロッジ

2009年5月15日

私たちが昼食をとった食堂の隣に、建設中のロッジがありました(写真①)。立て看板には、「WELCOME TO SHIMSHAL TOURIST LODGE  HOTEL & RESTAURANT」とあり(写真②)、このロッジがツーリストを対象としたものであることがわかります。自給自足的な生活を続けられているシムシャール村にも、市場経済への変化が見られました。

働いている人びとの中に、少年たちや姉妹らしい少女たちもいました。

2007年、同じ食堂で昼食をとりました。2006年に建設中だったロッジはほぼ出来上がっていました。

食堂で水嶋先生とあいさつを交わしているのは、2006年にトラクターの上で働いていた少女です(写真⑦)。写真⑧は、食堂の天井です。ワヒの伝統的家屋に見られた天井のかたちです。シムシャールも、ワヒの人びとが暮らす村です。

2006年にパスーからのジープ道が開通したことにより、シムシャール村は大きく変化していくことでしょう。

「 法 政 大 学2008 年12 月 地 理 学 会 ニ ュ ー ス 第3 号」には、シムシャール村は自らSNT(Shimshal NatureTrust)を組織していること、そして、シムシャール村を取り巻く環境は、シムシャールによって国立公園内の一部に設けられたハンティングエリアでおこなわれるトロフィーハンティングによって、大きく変わりつつある、ことなどが報告されています。

(写真・文 山本質素)

Posted in: あっちこっちパキスタン, シムシャール — tomika @ 16:55:42

下校時のシムシャール村

2009年5月12日

DJスクールの授業が終わり、生徒たちが家路につきます。

小さい生徒たちが、あぜ道にあふれ出している水に足を濡らしながら、ワイワイと帰っていきます。

わかれ道で、私たちに手を振る姿がとてもかわいらしかったです(写真⑤)。

先生たちも、学校から村の中へ。

村の中は、子どもたちの姿でいっぱいになりました。

そして、あっちこっちの麦畑で、家族の嬉しそうな笑顔がありました。

学校の帰りに、家族の働く畑に走っていく子どもたちの様子に、シムシャール村の人びとの心の豊かさを見るように思います。

(写真・文 山本質素)

Posted in: あっちこっちパキスタン, シムシャール — tomika @ 12:00:15
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