バードシャーヒー・モスクの家族

2010年4月25日

バードシャーヒー・モスクを訪れている人々の中に、家族づれを多く見かけました。写真①は、アラムギリゲートの前で何かを子供に教えているような父、そして、大事そうに男の子を乗せて自転車でモスクの庭を走っている父親。(写真②) ブルーのシャルワーズカミーズを着た男の子を見守るように後ろを歩いているのも父親なのでしょう(写真③)。その隣を歩く家族からは、明るい声が聞こえてきそうです。(写真③④)

写真⑤⑥では、父と息子たちが歩く姿と、その後ろに、仲良く手をつないでいる姉妹と弟、そして母親らしい人の姿が見えます。

あっちこっちにのんびり座っている家族の姿もありました。

また、男女カップルの姿も見られました。

写真⑪は、モスクの入り口に設置された足洗い場で、子どもの足を洗っている女性です。回廊から広場への出口(入り口)を手をつないで歩く父と子の姿もありました。(写真⑫)

モスクの広場では、記念写真を写している家族もいました(写真⑬)。 広場や回廊で、若い女性たちの愛らしい笑顔にもたくさん会いました。(写真⑭⑮⑯⑰) 写真⑯と⑰は、北の回廊です。

 

モスクという場所のためでしょうか。ここで出会った多くの人たちが、穏やかな明るい笑顔を見せていました。それは、外出が規制されることの多いとされる女性たちも同様でした。そして、特に印象的だったのは、父親と息子との関わりの深さを感じさせる姿でした。(写真①②⑤⑫)

(写真・山本質素/文・山本質素、中島とみ子)

Posted in: あっちこっちパキスタン, ラホール — tomika @ 15:10:19

バードシャーヒー・モスク

2010年4月22日

ラホールには、高い城壁で囲まれた旧市街地があります。写真①、②の茶色い壁のように見える城壁の向こう側が旧市街地です。

旧市街地に建つバードシャーヒー・モスクに行くために、城壁の中に入りました。写真③はアラムギリゲートと呼ばれているラホール・フォートに入るメインゲートです。 バードシャーヒー・モスクは、アラムギリゲートの向かい側にありました。(写真④) 

廻り込んで、石段のある赤い門からバードシャーヒー・モスクへ入りました。 写真③で階段の上に人々が集まっている場所が見えますが、そこが靴を預ける場所です。

門を入ると、目の前に、大きな広場と白い大理石の丸いドームがあらわれました。この広場の大きさや4隅に立つミナレットの高さについては、イスラマバードのファイサルモスクにぬかれたそうですが、あたり一面にムガル帝国の往時をしのばせる風格と威厳が漂っていました。

160メートル四方のお祈り広場の周りは、回廊で囲まれています。1枚の写真では写しきれないので、広場の周りの回廊を、ぐるり360度を、何枚かに分けて写してみました。

  

 

 

この長い回廊と、そこにつくられたたくさんの出入り口が、このモスクに集まる人びとの多さを示していました。

回廊の中には、観光客に交じって、巡礼に訪れたと思われる男性たちが寝ている姿もありました。

ムガール帝国の遺産ラホール・フォートやバードシャーヒー・モスクがある城壁の中の光景は、ラホールを賛美する言葉「Lahore is Lahore」を想起させるものでした。 

(写真・文 山本質素)

Posted in: あっちこっちパキスタン, ラホール — tomika @ 15:55:14

ファイサルモスク

2010年4月17日

イスラマバードには、大きな白亜のモスクがあります。(写真②) 「Feisal Mosque」と呼ばれるこの建物は、サウジアラビアのファイサル王の資金の援助を受けて、20年かけて建設されたものだそうです。

石の外階段を上ったところが、大きな広場になっていました。

お祈りの時間ではありませんでしたが、何人かの人たちを見かけました。「WOMEN GALLARY」と書かれた入り口もありました。

雨上がりの広場を若者たちが掃除をしていました。着ているシャルワーズカミーズは、彼らの制服のようです。

モスクの中を掃除していた男性は、私たちに笑顔を向けてくれました。モスクの周りのあちこちでも、掃除をしている姿がありました。

シャルワーズカミーズの上にあずき色のチョッキを着て、女性たちも働いていました。写真⑪⑫

10万人以上の人びとが一堂に会してお祈りをすることのできるファイサルモスク。その清浄な空間は、こうした人々によって維持されていました。

(写真・山本質素/文・中島とみ子)

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