フンザ地方の崖崩れと洪水(2010)

2010年5月23日

2010522日付の朝日新聞は「村と物流 湖に沈む」の見出しで、シシュカット村〈パキスタン北部)が崖崩れによってせき止められた水の中に沈みつつあることを報じ、パキスタン国家災害対策局などからの情報として、渓谷は「長さ18㌔に及び最大幅約500㍍、水深100㍍を超す湖」と化したと伝えています。

また、「フェイサル・シャーのパキスタン便り」でも、518日付で「非常事態のフンザ」(http://faisalshah.exblog.jp/13743569/として、

「土砂崩れでアッタバード村がとても大きい被害を受けました。それからアイナバード村が全て湖に沈んでしまいました。上フンザの中心村グルミットもかなり被害を受けています。情報によると今までグルミットの120軒の店と38軒の家に水が入っています。畑も沢山湖に沈んでいます。グルミット村の先にあるとてもきれいなフセニ村まで水が上がっています」と記されています。

 

二つの情報から次のようなことがわかりました。

14日にカリマバードからカラコルムハイウェーを車で30分行ったところで崖崩れが起きて、その土砂でフンザ川がせき止められてしまいました。フンザ川には、春の雪解け時期には約30の氷河からの水が流れ込むため、それらの水が行き場を失い、現在、大きな湖になってしまっています。朝日新聞にも、「フェイサル・シャーのパキスタン便りにも、せき止められてできた大きな湖に救援物資などを乗せたボートの写真が掲載されています。しかし、そのボートも、518日から土砂崩れに流される危険から運航禁止になったそうです。朝日新聞には、シシュカットのモスク(ジャマトハナ)が水の中に沈みつつある写真も掲載されています。

水位は1日に80100cm上昇し、フェイサル・シャーは、その影響は18km上流にあるグルミットやフセニ村(フセイニ村)にまで及んでいること、カラコルムハイウェーの14km位が通行不能になっていることを伝えています

さらに、朝日新聞によれば、対策としてパキスタン政府が「渓谷を埋めた土砂の山に導水路を掘っていたが、増水速度が速くなって決壊の危険があるため作業を中断」してしまったそうです。このまま水が増え続けると、湖が上流に広がるだけでなく、崩れた箇所の土砂を下流に押し、ギルギット付近まで洪水の影響を受けることになってしまいます。そして、その時期について「フェイサル・シャーのパキスタン便り」では「これから一週間から十日間の間に水が土砂崩れを流して、フンザ河が洪水になる可能性があります。」と書いています。

以下の写真は2007年に訪れたフンザです。

 

渓谷の下をフンザ川が流れています。(写真①)崖が崩れたのはこの付近なのではないでしょうか? 写真②はグルミットからフセイニ方向を望んだものです。写真の右上にフンザ川が見えます。写真③は、手前にみえる緑のジャガイモ畑がフセイニの本村で、フンザ川をはさんで夏村のザラバードも見えています。 

 

私たちを優しく迎え入れてくれたフンザの人びとと自然とが、とても大変なこの時期に、遠く離れてただ見守ることしかできないことをとても悲しく思います。

 

(中島とみ子)

Posted in: あっちこっちパキスタン, パキスタンの今 — tomika @ 12:50:32

食べ物のある風景

2010年5月19日

店の前で二人の男性が、長い柄のついたヘラを使って大きな取っ手のついた油の鍋でチャパティを揚げていました。揚げたてのチャパティはふっくらと膨らんでおいしそうでした。チャパティを油で揚げたものを「プーリー」と呼ぶそうです。揚げている隣では、人びとが並んで買っていました。落合先生も買いました。

チャパティを焼いている店もありました。窯の周りを男性たちが囲み、奥に粉を練る人と広げる人が座り、両 側に二人が座リ、窯の内側にチャパティを張り付けて焼いていました。(写真④) 焼いたチャパティは、隣についている鉄格子のところに置かれてありました。茶色いく見えるのはチャパティをいれるための袋です。

 

バザールの路肩では、「プーリー」のほかにも油で揚げたいろいろな食べ物が売られていました。 日本の天ぷらのようなもの(写真⑦)や、見た目がチキンラーメンのようみえるスナックなどもありました(写真⑨)。

食堂もありました。写真⑩の店は、向かって右側のカウンターでは、店頭で料理したものをそのまま受け取って立ったまま食べています。そして、左側にはテーブルとイスがあり、座ってチャイを飲めるようになっています。 

サトウキビジュースを飲んでいる人たちがいました。積まれているサトウキビを機械に入れバリバリとつぶして絞ると、サトウキビジュースが下から出てきます。(写真⑬) 男性が集まっているチャイスタンドも見かけました。(写真⑭) 

道路沿いにコカコーラやペプシの箱が積み上げられている店もありました。写真⑮で少女の前にある白いビンも飲み物だと思います。また、道路沿いに蛇口をつけたタンクを見かけました。ちょうど男性が備え付けの赤いカップに水を汲んでいます。(写真⑯) その後ろのワゴンでは、学校帰りの少年たちがトウモロコシを買っています。そのまま食べられるように蒸してあるようです。

ラホールでは、野菜や果物も豊富に売られていました。写真⑰は、ジャガイモ・トマト・カブ・ナスなどの野菜を売る店、写真⑱の店は、ブドウ・バナナ・スイカが並び、マンゴーやリンゴそして缶詰が見事なまでに積み上げられていました。果物を売っているワゴンもありました。(写真⑲) 
 

 

肉を売る店もありました。肉は、天秤にのせて量り売りされていました。

 

 

 

バザールの通りで見かけた食べ物のある風景には、料理をする男性たちの活気のある姿がありました。 

(写真・文 山本質素)

Posted in: あっちこっちパキスタン, ラホール — tomika @ 14:45:36

ラホールの街並と人びと

2010年5月14日

ホテルからハードシャーヒー・モスクへ向かう道路沿いの歩道には、出店とそこに集まる人びとの姿がありました。

道路の分離帯に並んで立つ男女を見かけました。夫婦でしょうか。男性は買い物をした袋を手に提げていました。

旧市街地のバザール通りにも、生活する人びとの姿がありました。

路肩では、髭を剃ってもらっている人がいました。青空理髪店のようです。そばに置かれたベンチには、人びとがのんびりと腰を掛けていました。(写真⑦⑧) 店舗を構えた理髪店もありました。(写真⑨) 

町角に停まっている自動車の横で遊ぶヤギを写そうとしていると、その前を少女が通り過ぎていきました。(写真⑩)

歯科医院がありました。写真⑪は女性の顔の描かれた看板が、写真⑫は男性の顔の看板が店先に出ていました。パキスタンでは、歯の治療も男女別々場所なのでしょう。

時間は12時30分ころ。大きな包みを頭に乗せた女性、携帯を見ている男性、買い物袋を手にした女性、果物の入った袋を手に子どもを連れた男性達とすれ違いました。同じ通りには、刃物店があり、グラインダーで刃物を研いでいる男性が見えました。(写真⑭)

写真⑮の男性は、修理をして回る職人さんのようです。

モスクやレンガ造りの建物などが、街並みのあっちこっちにそしてバザールのテントの上の方に見えました。

ラホールの街並みは、かつてムガール帝国の都であった歴史を感じさせながらも、今ここで生活している人々の姿も生き生きと見せてくれていました。

(写真・文 山本質素) 

Posted in: あっちこっちパキスタン, ラホール — tomika @ 10:30:24
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