ニューパスーの家族

2009年3月11日

ニューパスーでも、生活が営まれていました。
用水路で食器を洗っているのはタイラーさんの義妹さん(写真①)。DJスクールが夏休みなので、リンゴの手入れをする手伝いに一緒にニューパスーに来ていたのです。私たちを見ると、座るための敷物を持ってきてくれました(写真②)。

 ② 

ニューパスーに建っている9軒の家の中に、タイラーさんの家族の家もありました。タイラーさんの家族は、パスーで暮らしていますが、リンゴの作業をするために、泊まりがけでニューパスーに来ていたのです。タイラーさんへのインタビューの様子は、ヤムヤムpeopleに掲載してあります。

 レンズ豆畑で女性が働いていました(写真③)。カメラを向けたら「ダメダメ」というように手を振ったので、写真を写すのを嫌がっているのかと思いましたが、近くに置いてあったスキーズをかぶってから写真におさまってくれました。彼女の名前はビビエサムエンさん。彼女も、パスー村に住んでいますが、この日はレンズ豆を収穫するためにニューパスーに来ていました。ビビエサムエンと一緒に写っているのは、通訳のヤコブさん(写真④)。前回お話ししたように、ヤコブさんもニューパスーに土地を持っています。

 

ニューパスーを歩いていると、ひまわりやコスモスが咲いている家がありました(写真⑤)。その家が、ニューパスーに常住している唯一の家でした。その家で、母親と男の子、そして祖母と思われる女性に会いました(写真⑥)。

しばらくして、再びこの男の子に道で会いました。祖母におんぶしてもらっていました。

 

孫をおぶって歩く彼女の後姿を見送りながら、ヤコブさんが「これからヤシュバンダンの家に帰っていくのです」と教えてくれました。ヤシュバンダンはパスー村の少し先、歩いて1時間以上かかります。彼女にとって、自分の暮すヤシュバンダンと息子夫婦の暮らすニューパスーとの距離は、ほんのそこまでの生活圏なのでしょう。孫を背負って歩く後ろ姿は、かくしゃくとしていました。

(写真/文 山本質素,中島とみ子)

Posted in: あっちこっちパキスタン, ニューパスー — tomika @ 21:30:35

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