アフタースクール
2009年2月19日
【English version→】
コミュニティセンターの二階で、アフタースクールが開かれると聞いて行ってみました。コミュニティセンターはジャマトハナの隣に建っています。写真①の左隅に見えるのがジャマトハナで、右の建物がコミュニティセンター。アフタースクールは、写真の奥に見える階段を上った二階で開かれていました。パスー村で2階建ての建物は、北口にあるホテルとコミュニティセンターだけです。
土曜日の午後2時、この日のアフタースクールには、比較的年齢の低い子どもたちが40人ほど集まっていました。いくつかのグループに別れ、歌を唄ったり、イスマイリー派の教えの書かれた本を読んだりしていました。赤い風船を膨らませている男の子がいたりして、DJスクールに比べて、アフタースクールは自由な雰囲気の中でおこなわれていました。
ここで子どもたちが読んでいた本は、パキスタンの公用語のウルドゥー語で書かれていました。
パスー村は、少数民族とされるワヒの人たちが暮らす村です。中高年の村の人たちはワヒ語を話します。パスー村の子どもたちは、家庭ではワヒ語を話し、DJスクールでは英語で学び、アフタースクールではウルドゥー語でイスマイリー派の教えを学びます。
ウィキペディアによれば、「現行の1973年憲法ではパキスタンの国語をウルドゥー語」としており、「憲法を始めとする全ての法令や、公文書は英語」で書かれていて、「同時にウルドゥー語が公用語化されるまでは英語を公用語とする旨規定」されています。そして、「1988年までに英語に代えてウルドゥー語を公用語化することになっていたが、2004年現在も実現にいたっていない」ということです。
別の日、コミュニティセンターの一階にあるパスー・リホーム・パネルを訪れた私は、アフタースクールを終えて二階から降りてくる少女たちに出会いました。
彼女たちの表情は、ワヒ語とウルドゥー語と英語という3つの言語が、彼女たちのアイデンティティの形成に良い影響を与えていることを、私に感じさせてくれました。英語は、他の国の人たちとのコミュニケーションに役立ちます。ウルドゥー語は精神的よりどころとしてのイスマイリー派の教えを伝えてくれます。そして、より広い世界に身を置いた時、ワヒ語は、彼女たちに自らのよって立つ位置を教えてくれるでしょう。
(写真・山本質素/文・中島とみ子)











[...] 【Japanese version→】 ‘After school’ class was opened on the second floor of the community center on Saturday afternoon. There was a boy who was playing with a red balloon. The atmosphere in ‘After school’ class was not affected by any restriction. [...]
ピンバック by Atch Kotch Pakistan » After School — 2010年3月10日 @ 13:13:36