フセイニ村のテラスフィールド(棚田)

2009年4月21日

ボリット湖から下る道の下に、フセイニ村があります。(写真①) そして、フンザ川を挟んだ対岸には、フセイニのもう一つの耕作地ザラバード(zarabad)が見えました。

ザラバードの写真を拡大しました。茶色く見える畑は収穫期を迎えた小麦畑です(写真②)。フセイニの人びとの主食になる小麦は、ザラバードで栽培されています。一方、フセイニの本村で多く栽培されているのはジャガイモで、リーズで仕切られた棚田はこの時期一面の緑でした(写真③)。ちなみに、フセイニ村の面積は580Kanal(1Kanalは約5a)、ザラバードの面積は367Kanalです。[落合・水嶋,2003:327]。

フセイニの畑の間を流れる水は、グルキン氷河から引いている5本の用水路によって確保されています。でも、「グルキン氷河の末端位置が毎年変動するため、取水地点はその都度修理が必要とされ」、また、「簡単な構造のため漏水が多く、常時、修理が求められ」るそうです[落合・水嶋,2004:319]。フセイニ村において、耕作地に水を引くことはとても大変な仕事です。緑の棚田は、それぞれの畑に水を引き込もうとする人々の努力によって保たれていたのです。

フセイニは村の中をKKHが通っていますが、KKHの上方には、耕作されていないテラスフィールドが目立ちます(写真⑥)。耕作廃棄されたテラスフィールドは、その形を残しながら山の色に戻っていました(写真⑦)。

フセイニでは1970年代まで伝統的な農牧業形態を保持していましたが、1980年代現金収入を得るためにジャガイモ栽培を導入し、その結果、村ではほぼ100%に近い耕作地でジャガイモが栽培されるようになりました。そして自給作物の小麦の栽培は、対岸のザラバードに移しておこなわれていますが、その面積だけでは、多くの世帯で主食用の小麦粉が不足するため、小麦粉を購入しなければならなくなっているそうです。[落合・水嶋,2004:318-319]。

換金用のジャガイモ栽培を選択し、ザラバードに小麦畑を移したフセイニ村の人びと。何を選択し、どのように変化させていくか、それが、人びとが刻む村の歴史になっていきます。

 (参照:パキスタン北部地域ゴジャール地区の地域開発による生活の変化 落合康浩・水嶋一雄 地学雑誌Vol.113,No2(993),2004別刷)  

(写真・山本質素/文・中島とみ子)

Posted in: あっちこっちパキスタン, フセイニ — tomika @ 16:45:16

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