フンザの墓地
2010年1月30日
Passuの墓地は、北入口にある山の中腹にありました。KKHから細い山道を上っていくと、広い空間があり、埋葬時に使う道具などを入れておく小屋がありました。(写真②) かつてあったお墓が流されてしまい、ここに移したと聞きました。お墓の場所からは、パスーの村が見渡せました。(写真③)
以下に、ファイサルさんから聞いたフンザ地方の葬式について記しておきます。
村に亡くなった人が出ると、その家に村人たちが呼ばれて、みんなでお祈りをする。そして、亡くなった人の体を洗う。亡くなってから1時間後にお墓に入れる。
アッパーフンザの60以上の村から集まってくる。3日間は村の人たちが、家族のために食事を持ってくる。朝5時から夜10時、(時には、夜中の1時くらい)まで、亡くなった人の話などをして過ごす。その間の食事だけでなく、畑の仕事は男が手伝い洗濯や掃除は女の人たちが手伝う。これらの手伝いを、ホートゥリー(お見舞い)といい、今も行っている。1週間を、フーブロールといい、ホートゥリーが続く。40日目が、最も大事な日で、ブーイストロールといい、村の人たちを招いて、家族が食事を作り、お世話になったお礼をする。手伝ってくれたみんなに知らせるが、最近は多くは来なくなった。
扇状地に村が広がっているフンザの村々は、集落を見下ろす山の中腹に墓地が作られている場合が多いようです。フセイニ付近の山の中腹に白く見えるお墓がありました。中央には柵のようなものも見えます。(写真④⑤)
写真⑥はカマリス村を下っていく急な坂道の横にあった墓です。
シムシャールの墓地も、村を見下ろすことのできる丘の上にありました。(写真⑦)
グルミットからギルギットへ向かう途中、KKHの路肩で見かけたお墓です。ラカポシビューポイント付近にあった墓地は、奥には麦わらが積んであり手前では家畜が草を食んでいました。パキスタンの国旗と立て看板も見えます。梯子が架かっているのは杏の木です。(写真⑨) 写真⑩はKKHの路肩にあった墓です。下には村が見えました。写真⑪はダニヨール手前で見かけた墓です。
(写真・山本質素/文・中島とみ子)














