水車小屋と製粉機

2008年12月5日

パスー村では、かつては村の中にある2つの水車小屋で、収穫した小麦を、粉に挽いていました。
その水車小屋の1つは、ゲストハウスの西側にありましたが、今は、旧水車小屋の跡として崩れた石組と、粉に挽くために使った挽き臼の石がそのままに残っているだけです(写真①)。

 
もう1つの水車小屋の前には水が流れていて(②)、小屋の後ろには、水を導くための木の樋が立て掛けられていました(③)。この木の樋で流し入れた水で、小屋の地下に設けた水車をまわして小麦を挽いていたそうです。この水車小屋は、数年前まで使われていましたが、今はもう使われていないということです。入口の木の戸(④)の隙間から中を覗きましたが、暗くて何も見えませんでした。

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dsc05470.JPG ④

こうした水車小屋はフンザ地方で一般的なものですが、パキスタン(Pakistan)の臼探訪の旅(北神戸中学校米澤晋彦教諭情報)では、グルミットの水車小屋の中の様子が石臼の仕組みとともに記されています。それによると、「上臼には中央に『ものいれ』があり,回転軸はリンズ軸受けであるところから,中国系ではなく,西洋式である」として、地下の水車から上臼に力を伝える軸も含めて図が示されています。また製粉能力として「1時間約5キログラム,10-30粒毎秒」とも紹介されています。

現在、村で収穫した小麦は、ラヒーンさんの店にある製粉機で、挽いてもらっています。ラヒーンさんは、8年位前に、パキスタン政府の銀行から融資を受けて、この製粉機を購入したそうです(⑤)。この製粉機が、店で一番の働き手で、年間2万ルピーの収入があると、ラヒーンさんが話してくれました。

村の小麦畑が、換金作物としてのジャガイモ畑に変わっていき、そして、小麦を挽くのも、村の水車小屋から、ラヒーンさんの店の製粉機に変わっていった。パスー村で300年間続いてきた自給自足の生活は、カラコルムハイウェーの開通を契機として、大きく変わり始めているようにみえます。

(写真・山本質素/文・中島とみ子)

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